宇井先生のところへ検査に行く日なのに朝起きて喉が渇いていてジュー
スを飲んでしまった。ベッド脇に冷蔵庫を置いているのは便利だが、こうい
う失敗にも結びつく。宇井先生は忙しそうなので少し話しただけだが、みど
り先生はかなり過去のことを覚えているようだ。おそらくそれも記憶としてで
はなく、イメージとか感覚といったものなのだろうが、記憶装置がなくてもほ
とんど記憶と同じように働くはずだ。ということは最近の彼女の明るさは彼女
が意識的に、それもおそらく私のために作っているのではないかと思う。彼
女が言葉を喋るようになったとき、「過去にこだわっても仕方がない。どんな
状況の中でも楽しみも喜びもあるもので、それを二人で追求しよう。私も生
き方を変えるから」といったとき「わかった」とはっきり言葉にしたが、たぶん
それは彼女の中で最大の意味を持ち続けているのだと思う。彼女にはずっ
と私と一緒に暮らすことが夢だった。私は自分の仕事上の都合でそれを認
めなかった。それが実現するのなら彼女には本当に生きていく価値のある
ものだろう。みどり先生はいつものように元気で、私が蟹とふぐのおかゆを
出してどちらを食べる? と聞くとふぐを指差した。しかし、夕食時になると
いつものように用便を催して気張り始め、とても食事という気持ちではなく
なったようだ。それでも車椅子には乗ってくれたが、食事にかかると何も
食べたくないという。私はいつものように説得するのではなく、時間をおい
てもう一度ふぐかゆに温玉を加えたものをスプーンで出した。今度は理解し
たように食べ、その後はオイルサーデンときゅうり、きゃべつなどを粉砕し
てマヨネーズで合えたものもかなり食べてくれた。径管食も済ませるとかな
り車椅子の時間が長くなって疲れている。歯磨きをしてベッドに運ぶと私の
方もくたくただが、彼女と噛み付き遊びをした。この日も久しぶりに噛み付い
た。いつもと違うのは私の怪我を気遣って手を覗き込んでいた。
彼女の耐えているものがどれだけ大きいか、彼女の苦しみがどれだけ重い
かを知れば私の苦痛はさほどのものではない。それだけのもに耐えている
彼女はすごいと思う。
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