今日はみどり先生の後見人となるための申し立てで八王子家裁へ行った。
裁判所は初めてだったが、全くお役所的でなく、このような小さな事件に対
しても本気で真実を究明しようとし、そのために担当者が精一杯の才能を発
揮しているのに驚かされた。申し立てには事務官、調査官、裁判官という3
度の審査が行われるが、事務官ですら単に書類が揃っているか調べるだけ
でなく、内容を短時間に把握し、疑問点を正確に質問する。また、書類には
出てこない部分に関しても把握して全体像を築いていく。これが調査官とな
ると、ほとんど僅かな説明だけですぐに状況を把握してくれる。しかも申し立
ての緊急性を理解してくださって、一部の手続きを簡略化してくれるような、
行政府では考えられないような処理をしてくださる。何というか、日本の有
能な人材の多くが司法府に集まってしまっているのではないかと思えるほ
どだった。むろん行政府が馬鹿ばかりというわけでもないのだろう。司法で
は個々の係官にそれだけの責任と権限を与えて、真剣に取り組み、正しい
判断ができるようなシステムとなっている面もあると思う。こうしたことが
最も強く現れているのは、行政府が汚職まみれなのに、司法府の汚職とい
うのはほとんどない。裁判官、調査官など一人一人が強い権限を持ってい
るので、むしろ司法のほうが汚職は簡単だろうし、さまざまな面で行政府以
上に汚職の可能性があるはずではあるが、有能な人材がしっかりした責任
を担って仕事をすると汚職も起こらないし、大きなミスも生じないということだ
ろう。非常に簡単なことで、行政府が司法府に学べば日本は全く優れた社会
となることだろう。そういえばオーストラリアの官僚と付き合うと、ちょうど日本
の司法府と付き合っているような印象だった。
裁判所からの帰りに永世病院へ行くと、みどり先生はとても元気ではあったが、
やはり気持ちは沈んだままで、虚ろに中空を見つめていた。私が呼びかけると
その都度、私を見つめるのだが、私が彼女のためにしていることを申し訳なく
思っているようで、この日も私が帰るというと、むしろ明るい顔になって手を振っ
た。彼女の自主性は大切にしたいと思う。私はしばらく顔をだすだけで、さほど
かまうことなくかえって来ようと思う。
記事の下に広告が表示される場合があります。この広告はexciteの広告枠で、当ブログとは無関係です。