小説だけで私を知っている人の多くは夭折した作家だと思っている。
あれだけ生きること、存在することに苦しんでいる作家が生きている
はずがない。かつて2チャンネルで「山野浩一の消息を」というスレッド
が立ったとき、「ホームページを見よ」と簡単に答えがでたけれど、そ
れに続いてさまざまな投稿が続き「死ぬもよし、のうのうと生きるのも
よしではないか」というような書き込みをしている人がいた。本当にの
うのうと生きてきたものと思う。私の小説を読んで死んでいった人がた
くさんいるというのに。
自分でも30年前に一度死んで、別の人生を生きているように思える
ことが多い。少なくともこの20年はみどり先生との愛だけのために生
きてきたと思える。ともに多忙なので土日のデートが楽しみだった。
愛するもの同士というのは他人からみれば馬鹿馬鹿しいようなことで
も大きな喜びとなる。ちょっとした小ものが見つかって買ってあげたり、
その日の三面記事から同じ考えを話し合ったり、美味しいチーズに感激
したり、といった些細なことばかりだが、そうしたことの全てがずっと思い
出として心に残されている。みどり先生は最初そんな愛に鈍感なところ
があった。それも離婚の理由の一つだったが、離婚に不満で医者仲間と
飲み歩いているとき、ふとシャワーのように愛が降り注いできて、自分
がどれだけ愛に包まれているかに気付いたという。たぶんみどり先生と
私の愛が本当に成就したのはそのときだったのだろう。
今日は彼女の容態に変化がなかった。彼女の病院の事務員さんと看護
師さんが見舞いに来てくれた。みどり先生と最も長い時間接している3人
で泣きながらみどり先生の話題で尽きることはなかった。焼肉屋で久々に
お肉を食べた。一人ではそういうものを食べることができなかっただろう。
前花さん、保科さん、ありがとうございました。
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