私の小説は全て1960年代後半から80年代初めに書かれたものなので、
最も近いものでも25年前の作品となる。私の作品にも近未来を扱ったもの
は少なくなく、2001年宇宙のオデッセイのような時代錯誤があるかと思った
のだが、読み返してみると案外少なく、最も気になったのはコンピュータのメ
モリーがバンチテープで保存されるというところだ。これは「首狩り」と「カルブ
爆撃隊」に登場する。それでも抜け目がないというか、ラッキーというべきか、
それをコンピュータのメモリーとはどこにも書いていない。今はもうパンチテー
プが存在したことも忘れられているので、何となく異様なテープが機械から出
てくるだけというようにも読める。「X電車で行こう」の電化区間の一筆書き路
線などは今となれば貴重な資料ですらある。何よりも未来に何の発展もなく、
ただ終末を迎えていくだけという考え方が一貫しているのは今の時代にぴった
りで、それを悲壮とも残念とも考えないあり方はむしろ今でこそ誰にでも受け
入れられるようになったものともいえよう。どのみち30年も前の作品に手を
加えることは許されないとも思うが、ほとんどその面では案ずるところもない
ようだ。むしろ気になるのは送り仮名とか、外国語の仮名表記とか、ほとんど
使われなくなった言葉などで、それらは気になっても統一の難しいものとも
思う。およそ半分位の作品を読み返したが、ま、いいだろうという感じだ。
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