久々に大感動という本を読んでいる。「古事記の起源」(工藤隆、中公新書)
はむろんありきたりな古事記の解説書なんかではない。「古事記」が書かれ
るにいたるプロセスを想定し、その元となった伝承を理解するために、中国の
無文字文化を調査して、歌垣ではどのようなことが歌われ、どのように表現さ
れ、何を目的に歌われるのかといったことの分析から、古事記の記述がどの
ように書かれたものかを検証していく。例えば歌う人によって少しずつ違うも
のだし、それらがさまざまに変化していくことで「生きた」神話となるが、神話と
は本来そのような多様性の中で伝えられるいくつもの世界であるとか、歌では
同じ意味のことを2度繰り返して歌う(文字と違って再読ができず、聞き漏らし
のないように繰り返す必要があるのだろう)もので、古事記で表現された人名
などには同一のものが含まれているとか、イザナギ、イザナミの神話にあるさま
ざまな地方の伝承(中国であったり、東南アジアであったり)の混じり方の矛盾
から古事記の作為を解明したりというように、まるで新しい発見尽くめの本とし
て、何度でも読み返すために持ち歩いている。書かれていないことにも多くの
発見をもたらしてくれる。例えば文字が伝わってもほとんどの人には読み書き
できなかっただろうから、歌はかなり後々まで重要なコミョニケーションだっただ
ろうし、書くようになってからもまず万葉集、古今集のような歌が一般的な文章
だっただろうと考えられる。歌はある程度閉ざされた社会の中で共通の意味を
持った言葉として歌われたと考えられるので、ムラ社会の重要な担い手となり、
それが祭礼と結びついて戒律なども発達していったと考えられる。古事記には
日本文化の特殊性がいかに育っていったかも認めることができる。そうしたさま
ざまなことがパラレルな可能性として記述されていき、読者はそれによって新
たなものの見方をさまざまに展開させる著作でもある。
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