
私と同じころに小説を書き始め、私が小説を書き終えたころに「早稲田文学」「文学
界」といったある程度人目につく場で活躍するようになった向井豊昭の傑作集。個人
的なことではあるが、私の人生で4番目に長く滞在している日高・胆振で活躍してい
るとか、自分で自分のものを出版するとか、いわゆるアヴァンギャルドの作風とか、
最近になって傑作集が出たような点でも共通性が多い。巻頭の「うた詠み」はアイヌ
の少女の受難に対する内面的な葛藤を扱ったシリアスな「伊豆の踊子」というべき、
極めて純朴な自然主義的作品だが、後期の「飛ぶクシャミ」となると「くしゃみが意識
を飛びださせる。」という記述から、効果音や視覚的なイメージや言語的なゆがみま
で総動員されて理念、観念、感覚などごちゃまぜで放り出してくる。宮沢賢治的な面
とか、石川淳的な面とか、さまざまに日本文学らしさはあるものの、日本文学にひと
きわユニークな存在となっており、よくぞこれを再刊したものと編者の岡和田晃さん、
出版した未来社に敬意を表したい。こういうものを埋もれさせておくのが日本文学の
不毛の謂れなのだろう。
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