私の作品への読後感や書評の中に「こんなわかりやすいSFがあるんだ」
とか、「普通の文学作品のように読めるSF」というような記述がかなり
多く、実際に30年以上前に書いた当時は全く反応がなかったような「内
宇宙の銀河」「殺人者の空」「カルブ爆撃隊」のような作品が多くの読者
に愛されているようだ。とても不思議なのでいくつかの最近の評判作を読
んでみると、確かに題名からして英語だったり、コンピュータは当然のこ
と、分子生物学や量子力学やシステム工学に通じていなければ単語すらわ
からないような作品がかなりあって、それをかなり多くの人々が愛読して
いる。その中心的存在が伊藤計劃というわずか5年間ていどの闘病生活の
中で著作活動を続けた夭折天才で、伊藤の盟友円城塔は芥川賞を受賞した。
こうした作品を通じた評論活動で目覚ましい活躍をしているのが岡和田晃
という評論家で彼は実際にバチャルゲームの作家でもある。バーチャル
ゲームそのものも世界が破滅したりとてつもない世界に入ってしまうもの
まであるようだが、やはりデジタルに二択的考え方でしか成立できない面
がある。それを本格的なスペキュレーションとして展開できるのが最近の
SF作品といえよう。円城の作品が芥川賞を受賞したのはそうした世界を
私小説に還元して、意識の流れ的に私から私へと展開することで、かなり
わかりやすいものとなったからだろう。円城塔は日本のジョイスというべ
きボキャブラリの縦横無尽な展開で日本文学にようやくというべき文学的
アイデンティティを取り戻させている。考えてみれば「枕草子」のような
ものが書かれた時代には当時に可能な情報と言葉の全てが動員されていた
のだろうとも思う。
こうした作品を読んでみたいと思われる非SF読者には彼らを支持してき
た大森望の編集したオリジナルアンソロジー・シリーズ「NOVA」をお
勧めする。私も大森から頂いた「NOVA2」が初体験だった。
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